鑑賞記録(2022.10.2)
没後40年
ロミー・シュナイダー映画祭
セルジュ・ブロンベルグ、
ルクサンドラ・メドレア監督
『地獄』2009
@Cinema KOBE
各都市で行われている
『没後40年 ロミー・シュナイダー映画祭』
神戸では、
Cinema KOBEさんで
2022.10.1(土)〜10.28(金)
まで上映中!!
1週間ごとに
上映作品が変わるそうなので
お見逃し無く!!
没後40年 ロミー・シュナイダー映画祭 上映作品
1969/123分/フランス・イタリア/ジャック・ドレー監督
『マックスとリリー』※日本劇場初公開
1971/111分/フランス・イタリア/クロード・ソーテ監督
『夕なぎ』
1972/111分/フランス・イタリア・西ドイツ/クロード・ソーテ監督
1973/101分/フランス・イタリア/ピエール・グラニエ=ドフェール監督
『華麗なる女銀行家 4Kデジタルリマスター版』
1980/130分/フランス/フランシス・ジロー監督
『サン・スーシの女』
1982/116分/フランス・西ドイツ/ジャック・ルーフィオ監督
『地獄』 ※日本劇場初公開(ドキュメンタリー)
2009/94分/フランス/セルジュ・ブロンベルグ、ルクサンドラ・メドレア監督
『地獄』2009/94分/フランス/カラー・モノクロ
幻の出演作に迫るドキュメンタリー
『情婦マノン』『恐怖の報酬』などの名匠アンリ゠ジョルジュ・クルーゾー監督によって1964年に製作が開始されるも、監督が病に倒れて未完となってしまった幻の映画『地獄』。その残されたフィルムと関係者の証言などで構成され、2009年のカンヌ映画祭で大反響を巻き起こしたドキュメンタリー。妻の浮気を疑う夫の妄想がめくるめく映像美で表現され、ロミーが一糸まとわぬ姿で線路に横たわるシーンなど断片的ではあるものの強烈なイメージが垣間見られる。独特なメイクを施し濃艶な表情を見せるロミーにただただ圧倒されるが、天真爛漫なオフショットも多く収録されている。(『没後40年 ロミー・シュナイダー映画祭』公式サイトより)
ロミー・シュナイダー Romy Schneider (1938年9月23日 – 1982年5月29日)
1938年、オーストリアのウィーンで名門俳優一家の元に生まれる。本名ローゼマリー・マグダレーナ・アルバッハ。6歳のとき両親が離婚、不遇の幼少時代を過ごすが頭脳明晰で独立心旺盛だった彼女は14歳で女優になることを決意。1955年の西ドイツ映画『プリンセス・シシー』の后妃エリザベート役によって欧州中で愛されるスターとなる。その後『恋ひとすじに』(58)で共演したアラン・ドロンと19歳にして恋に落ち婚約。ルキノ・ヴィスコンティ演出の舞台やオムニバス『ボッカチオ‘70』(62)の一編「仕事中」、オーソン・ウェルズ監督の『審判』(62)、またゴールデングローブ賞主演女優賞候補となったオットー・プレミンジャー監督の『枢機卿』(63)など精力的に活動するも、4年後にドロンと破局。失意の中、66年にドイツの舞台演出家と結婚、一児をもうける。2年ほど育児のため映画界から離れていたが、69年にドロン共演の『太陽が知っている』がヒットを記録、見事なカムバックを遂げる。以降は再びエリザベートを演じた『ルートヴィヒ』(72)、イヴ・モンタンと共演した『夕なぎ』(72)、フランス全土で大反響を巻き起こした『追想』(75)と多くの傑作、話題作に出演、“世界最高峰の女優”として名を馳せる。一方で度重なる色恋沙汰、破産、さらには元夫や息子の死など常にスキャンダルやゴシップがつきまとい、遺作となった『サン・スーシの女』(82)撮影の頃には心身ともに激しく疲弊していたという。82年、パリで逝去。次作で共演が予定されていたドロンの手配で大々的に葬儀が行われたが、ドロン自身は騒動を避けるため参列しなかった。(『没後40年 ロミー・シュナイダー映画祭』公式サイトより)
アンリ=ジョルジュ・クルーゾー Henri-Georges Clouzot (1907年11月20日 – 1977年1月12日)
フランスの映画監督・映画プロデューサー・脚本家。サスペンスやフィルム・ノワールの監督として有名。映画史上初めて世界三大映画祭の全てで最高賞を受賞した監督でもある。また、ヌーヴェル・ヴァーグの生みの親とも言われている。
戦後、1947年の『犯罪河岸』でヴェネツィア国際映画祭監督賞を受賞。2年後には『情婦マノン』(1949年)が同映画祭で金獅子賞を受賞した。1953年、イブ・モンタンを主演に起用し、トラックでニトログリセリンを運搬する4人の男を描いた『恐怖の報酬』を発表。同年のベルリン国際映画祭で金熊賞、カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞し、世界三大映画祭の最高賞を全て獲得した映画史上初めての監督となった。同作は翌1954年の英国アカデミー賞でも作品賞を受賞している。1955年にはアルフレッド・ヒッチコックの作品から影響を受けて製作した『悪魔のような女』を発表。衝撃的な結末が話題となり、製作者側から「鑑賞後、ストーリーを決して口外しないように」という注意がなされたほどである。同作はルイ・デリュック賞を受賞した。1956年にはパブロ・ピカソの創作活動をフィルムに収めたドキュメンタリー『ミステリアス・ピカソ 天才の秘密』を発表。第9回カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞した。なお、本作の中でピカソが描いた絵画は全て現存していないという。(ウィキペディアより)
原題
L’Enfer d’Henri-Georges Clouzot
あらすじ
名匠アンリ゠ジョルジュ・クルーゾー監督によって1964年に製作が開始されるも、監督が病に倒れて未完となってしまった幻の映画『地獄』。その残されたフィルムと関係者の証言などで構成され、2009年のカンヌ映画祭で大反響を巻き起こしたドキュメンタリー。(『没後40年 ロミー・シュナイダー映画祭』公式サイトより。※先述と重複)
感想
セルジュ・ブロンベルグ監督は
本作の後に、
同じくドキュメンタリー
『メリエスの素晴らしき映画魔術』
(2011)
を製作していますね。
私は、
『メリエスの〜』の方は
以前に観ましたが、
修復などの舞台裏を
知ることが出来て
とても面白かった印象です。
本作は、
日本劇場初公開の
ドキュメンタリー。
ロミー・シュナイダー出演
アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の
結局、幻に終わった
映画『地獄』について
膨大なテスト撮影や資料、
関係者の証言などから
映画を追いかける。
実は、私は
アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督作、
まだ一度も観たことがないけど・・・
『悪魔のような女』(1955)は、
前から観ようと思っていて
未だ観ていなかった作品なので、
近いうちに観たいと思う。
本作によると、
『地獄』は、
最初、予算は少なかった様だが、
テスト撮影を見た製作関係者から
いくらでもお金を出すと言われて、
ハリウッド映画みたいな
大規模な撮影に変わっていったのだそうで。
資金は潤沢にあり、
相当テストに
時間とお金が掛けられたそうな・・・
『地獄』の
ざっくりとした内容としては、
夫が嫉妬から妻の浮気などを疑い始めて
狂っていくようなお話のようだ。
かなり膨大な撮影を
すでに行っていた様だが、
クルーゾー監督の
完璧主義のこだわりや、
不眠症で眠れない彼が
夜中の2時にスタッフを叩き起こす、
日曜に撮影しないのが不満で、
せめて話し合いをしたいと言ったり、
何度も何度も同じテイクをして、
全然前に進まない・・・など
『地獄』の撮影が
まさに地獄と化していた様だ・・・爆
テストで実験的に撮ったという
いろんな印象の映像が
ものすごく沢山紹介され、
もはや、
撮ったこれをどうにかして
なんとか作れちゃうんじゃ・・・
と思えるほど
テストに時間とお金を掛けている。
そしてそれらが、
とても面白く、
新しい何かが
生まれそうな予感がするが・・・
しかし
スタッフとキャストは
恐ろしい苦労をして、
夫役のセルジュ・レジアニが
最終的に降板するなど
かなり劣悪な現場だった様だ。
みんな彼が降板することに
誰も驚きはなかったそうな。
映像だけを色々観ていると
素晴らしい作品が出来そうな、
新しく独創的なイメージが
相当あったので
完成しなかったのは
本当に残念ではあるけど・・・
クルーゾー監督自身も
映画の行く先が
観えなくなってしまっていた??
のかもしれませんね・・・
撮影の様子の
ロミー・シュナイダーの笑顔が
とっても魅力的でしたが・・・
全ての現場が
こんな風では決してないと思いますし、
最近でこそ映画業界も
ハラスメント問題等で
色々と改善されようと
しているみたいなので
少しは良くなっている
かもしれませんが、
映画を作り上げるということは
本当に過酷なのはよく聞く話だし、
大変な苦労の上に
成り立っているんだなぁと
改めて思いました。
(2022年10月2本目。本年度355本目、映画館188本目)
スタッフ
監督:セルジュ・ブロンベルグ、ルクサンドラ・メドレア
脚本:セルジュ・ブロンベルグ
撮影:イリナ・ルブチャンスキー、アルマン・ティラール、クロード・ルノワール
編集:ジャニス・ジョーンズ
音楽:ブルーノ・アレクシウ
他
キャスト
ロミー・シュナイダー
セルジュ・レジアニ
ベレニス・ベジョ
ジャック・ガンブラン
他