鑑賞記録(2022.5.9)クリスティアン・クレーネス、他3名共同監督『ユダヤ人の私』2021@元町映画館

鑑賞記録(2022.5.9

4名共同監督

クリスティアン・クレーネス

フロリアン・ヴァイゲンザマー

クリスティアン・ケルマー

ローラント・シュロットホーファー

 

『ユダヤ人の私』2021

@元町映画館

 

『ユダヤ人の私』2021/114/オーストリア(ドイツ語)/モノクロ/16:9,4:3

『ゲッベルスと私』(2016)に続く、【ホロコースト証言シリーズ】第2

すでに撮り終えている3弾企画はアウシュヴィッツで人体実験を繰り返したヨーゼフ・メンゲレ医師に関係した元少年・囚人の証言ドキュメントである。

ユダヤ人のマルコ・ファインゴルトは1939年に逮捕され、アウシュヴィッツを含む4つの強制収容所に収容される。終戦後は、10万人以上のユダヤ人難民をパレスチナへ逃がし、自らの体験とナチスの罪、そしてナチスに加担した自国オーストリアの責任を、70年以上訴え続けた。本作はマルコの数奇な人生を通じ、反ユダヤ主義がどのように広まりホロコーストに繋がったか世界初公開のアーカイブ映像も交えながら映し出す貴重なドキュメントである。国家と人は過去の過ちを忘れていると語るマルコのインタビューは、過去と地続きにある現在に警鐘を鳴らす。

本作チラシより)

 

マルコ・ファインゴルト(19132019

1913年にハンガリーで生まれウィーンで育つ。小学校の教師が反ユダヤ主義だったため登校を拒否する。1938年、ビジネスで滞在していたイタリアから帰国すると、アンシュルス(ドイツ=オーストリア併合)によって反ユダヤ主義が急速に広まる。1939年、ゲシュタポに逮捕され、1945年まで4つの強制収容所に収容される。終戦後はユダヤ人難民の人道支援と講演活動に取り組む。オーストリア人最年長のホロコースト生存者としてザルツブルクのユダヤ人協会会長を長年務め、その功績に多くの栄誉ある賞が与えられる。2019919日にその生涯を閉じる。(本作チラシより)

 

マルコ・ファインゴルトが収容された4つの強制収容所

アウシュヴィッツ強制収容所

アウシュビッツはドイツ人が設置した最大規模の強制収容所でした。アウシュビッツは、火葬場、絶滅収容所、および強制労働収容所がある強制収容所の集合体でした。ポーランドのクラクフ近郊にありました。アウシュビッツ強制収容所は、アウシュビッツ第1強制収容所、アウシュビッツ第2強制収容所(ビルケナウ)、およびアウシュビッツ第3強制収容所(モノヴィッツ)の3つの大規模な強制収容所で構成されていました。収容されていたユダヤ人の10人中9人、100万人を超える人々がアウシュビッツで命を失いました。4つの巨大なガス室は、それぞれ同時に2,000人が入れました。(『ホロコースト百科事典』より)

ノイエンガンメ強制収容所

ハンブルク(ドイツの北部)港の南東のエルベ川右岸アルテンガンメ村に存在した。(ウィキペディアより)

ダッハウ強制収容所

ドイツ・バイエルン州・ミュンヘンの北西15キロほどのところにある都市ダッハウに存在した。ナチスの強制収容所の中ではオラニエンブルク強制収容所と並んで最も古い強制収容所と言われ、後に創設された多くの強制収容所のモデルとなった(ウィキペディアより)

ブーヘンヴァルト強制収容所

ドイツ国がテューリンゲン地方(ドイツ中部)エッタースベルク(de:Ettersberg)の森の丘の麓に設置した、「ブナの木の森」という名を持つ強制収容所。ヴァイマル市のやや北西7キロメートルほどの位置にあった。(ウィキペディアより)

 

一言あらすじ

ホロコースト生存者のひとり、マルコ・ファインゴルト(106歳)が、当時の記憶を語るドキュメンタリー。

 

感想

正直に申し上げます・・・

 

すみません、

途中居眠りして、記憶が・・・・!!!!

 

爆!!!!睡・・・

 

ゴ、ゴメンナサイ・・・

 

 

ひとつ言い訳しておくと、

昼食を慌てて食べてからの鑑賞で・・・

 

 

もう観る前から

 

寝てしまいそうな予感が

プンプンしてました・・・

(コーヒーも功を奏さず・・・)

 

 

たしかに

モノクロの静かなインタビューで

話が淡々と続いて行くのですが、

 

 

完全に私の体調問題です!!ww

 

 

 

ゲッベルスと私』(2016)は、

 

最初から最後まで、

一睡もせずバッチリ観ましたよ・・・

 

 

かといって、

一部始終観てないわけではないので

 

一応、チラッとコメント・・・

してみようかと・・・ww

 

 

 

大々的に語れる感じでは

全くありませんが、、、、

 

 

 

ファインゴルトさんが小学生だった時の

当時の先生が

 

反ユダヤ主義の先生だったことから

学校に行かなくなり、

 

町をウロチョロしつつ、

 

そこで、

大人たちがやっている

悪知恵というか、

 

詐欺まがいなことなどの

からくりなんかを

観察して自ら気付いていき、

 

 

それが結果として

生きることに役だった

というくだりは

 

印象的に覚えています。

 

 

学校では絶対に学べない、

 

社会で行われている実情を

結果として学ぶことになったおかげで、

 

機転が利くようになった。

 

 

きっとほんの少しの感覚が、

上手く機転を利かせて

 

後に危ない場面を

何度も切り抜けてきたようです。

 

 

 

上手く隠すことは隠し、

 

ほんの少しでも危険を察したら、

 

すぐにその場を離れるなどして

行動を起こした。

 

 

ある種、

人生の処世術ですね。

 

 

アーカイブ映像は、

 

ゲッベルスと私』の方が

衝撃映像多かったかな・・・

 

(見逃してなければ・・・)

 

 

 

強制収容所を4つも渡り歩いて、

 

100歳を超えるまで

生きられたなんて人は、

 

本当に少ないことでしょう。

 

 

 

しかし、

彼(ら)が背負った過去の傷は

 

一生消えることなく

残り続ける。

 

 

そして、

 

それを風化させてはならないと

70年以上語り続けた・・・

 

 

 

本当に生まれた時代によって

場所によって、

壮絶な人生を歩んだ当時の人々。

 

 

この悲しい記憶を

戦争を経験していない私たちに

語り次いでいく。

 

 

娯楽として楽しめる映画では

もちろんないけれど、

 

実際にあった事実として

後世に残さなければならない

 

証言ドキュメンタリーでしょうね。

 

 

 

とりあえず、

また機会があれば再鑑賞ですね・・・・

 

 

(と言いつつ、カウントしちゃいますがww)

 

 

202259本目。本年度154本目、映画館57本目)

 

 

スタッフ

監督:クリスティアン・クレーネス、フロリアン・ヴァイゲンザマー、クリスティアン・ケルマー、ローラント・シュロットホーファー

脚本:フロリアン・ヴァイゲンザマー、クリスティアン・ケルマー、ローラント・シュロットホーファー

製作:クリスティアン・クレーネス、フロリアン・ヴァイゲンザマー

撮影・編集:クリスティアン・ケルマー

配給:サニー・フィルム

 

キャスト

マルコ・ファインゴルト